【蕗書房】「余命1ヵ月!」
サンプルファンeoblog支店で申し込んでいたら、忘れた頃に届いた。しかも、嫁が先に読んでいた。
自分は祖父も父も癌で亡くしているし、嫁の父(義父)も癌で亡くしている。そういう部分では、この本に書かれていることはわかる。闘病中に家族がどのような心境であるか、多少はわかっているつもりではいる。
この本に書かれているように、西洋医学では切除、抗ガン治療が癌の治療法で、そこには対処療法的な施術が中心であるように思える。たしかに、本書に書かれているように漢方治療は人本来の治癒力を高め、癌を征圧するのではなく、いなしていくような気がする。それはそれで有りだろうと思う。
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自分の父は、肺ガンで放射線治療と抗ガン剤投与である程度は抑えられた。癌そのものよりもその検査=血管造影剤によるレントゲン撮影が心臓に負担を与え、心臓が弱り不整脈の頻発、ペースメーカー埋め込み、最期は人工心肺装置で「生かされる」状態となった。ペースメーカの電池切れが最期だった。
癌治療に掛かるリスクをどこまで理解しているのか?インフォームド・コンセントの課題を経験した。
義父の癌治療では、切除手術・・・術前ステージ2が開腹後膵臓癌からの胃への転移であったことが判明、術後ステージ4へと治療法の変換がなされた。本人は、癌といえば不治の病と早期から治療を拒否していたが、先生との話し合いの中で手術を決断。しかし、その手術で新たな事実が判明、そこからの余命3ヶ月は1年へと伸びたものの本人が最初に選択したように「何もしない」という選択しもありだったのか?と思う。特に最期の2月は壮絶であった。
知人のある奥さんは、癌の発見後は治療を拒否。副作用の最も少ない抗ガン治療と、無痛化で最期を迎えた。癌発見から義父と同じ1年であるが、家族のために最期の1年間を大切に使われた。
癌を不治の病とするか、克服できる病気として闘うかは、本人の選択。しかし、生活習慣病である以上はある程度自己責任の結果と考えねばならないこともあろう。そういう意味では、戦うも地獄、何もしないも地獄と思う。
ドラマ「ER・シリーズ」を観ていても、どこまで治療するか最期は自分が決めること。そのためにこそ、セカンド・オピニオンとインフォームド・コンセントは重要な鍵だ。専門家のいう言葉に耳を傾け、どう戦うかを決めなければいけない。切除や抗ガン治療を選択するためには信頼できる医者と自分に合った治療法をさがすのが得策なんだと思った。
「どう生きるか?」ではなく、「どう生きたか?」
あるいは
「どう死ぬか」という方法もありなんだと思う。知人の奥さんはその選択をされたんだとおもう。それはそれで勇気のいる決断だったと思う。
本書は、漢方治療の後方書籍の側面は否めない。
しかし、そこに書かれているのは、末期癌患者とともに過ごした4ヶ月の一所懸命な姿だ。家族の支えがあったからこそ、ご主人は戦い抜けたんだと思う。


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