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2010年7月24日

地動説の父=コペルニクスの遺骸、DNA鑑定で断定

コペルニクスの墓探しが、ヨーロッパでは盛んで、200年にわたって行われてたらしい。そんなこと知らなかったし、その理由もよく理解できないが、その亡骸がDNA鑑定で確認されたという。

記事の最期には、「フロムボルクの司教は、「これで、コペルニクスの歴史に残る輝かしい人格にふさわしい墓を建てて、敬意を表することができる」と語った。」とあるので、墓を造って埋葬するのが目的のようだ。
決してクローンで蘇らせ、新しい発見・発明をさせるのが目的ではないようだ。

宇宙は地球を中心に更生され、天空が地上の回りを回っているという天動説から、われわれが宇宙の構成要素の一つで、銀河を周回する太陽の周りを回っているのだという地動説を唱えるには、既存の考え方や固定観念から脱却する発想と勇気が必要だ。緻密に行われた観測結果と、そこから導き出される仮説を、実証観察して補完していくのは、現代科学の基本的な手法だ。これを、当時聖職者だったコペルニクスが行ったことに驚かされる。
そして、その事実は、当時は意外に自由な風潮だったのだと連想させる。言いたいことを自由に言葉にすることができる地盤があったのでは無かろうか?と。しかし、それがキリストの教えに反目することから騒動になっていくのだけど、言葉にすることに勇気が必要だったとは、思えない。
コペルニクスも、その考えが「聖書に反する」ことになると思って発言したのだろうか?「それでも地球は回っている」

そもそも、地球が中心とか、人間が中心とか、王様が中心などという発想そのものが、人の暮らしにおいて正しくはないだろう。自然を生活の中にあって感じているなら、自分たちが他を圧倒して「生きている」のではなく、自然の中の一要素として「生かされている」と感じるのが普通だと思うのだ。
地球が中心、それを作り出した神が絶対と考えるところに、発想の自由性を奪うところがあると思う。誰かが作り出した世界だから、生まれながらに尊いとか卑しいができてしまう。本当は、そんなものはない。生きとし生けるものは、自由で平等で、ともに分け合って生きているのだと・・・そんな自然信仰的な発想が欧州には無いんだろうなぁ~

人が人を支配し、搾取するために作り出した身分制度と宗教は歴史の中で密接に関連してくる。支配の道具として、その開放の旗印として。
科学的な発想が世界に浸透していく中で、そうした支配の構造は少しずつ無くなってきている。でも、搾取すする先が変わっていくだけで、実際にはまだまだ解放されるべき人々は沢山いる。

なんか、コペルニクスから違うところへ思いが移っていくようだ。

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地動説の父=コペルニクスの遺骸、DNA鑑定で断定を参照しているブログ:

コメント

> Re:輪人さん
自然志向的な発想が欧州にないのでは無く、失われてしまったと核のが正しかったのですね。エッダ神話やオリュンポスの神々話しなどいくらでも出てkるんでしょう。これをうまく取り込み、席巻したかの神は支配者に都合よく利用されたのでしょうね。
変化に富む自然が寛容な多神教を生み出すのは、わかる気がします。キャンプの朝に感動する自分は、農耕民族の末裔だと感じるのです。

え〜、肉じゃがのつもりがハット気がつけば何故か洋風のトマト煮。晩酌後のヨーロッパならぬヨーッパライの戯言ですが…。

欧州にも多神教はありましたが、313年にミラノ勅令で基督教が公認されてからは欧州世界を席巻。いまでは…。

学説的にはどうだかしりませんが、温暖湿潤な地域で比較的寛容な多神教が発生し、酷暑乾燥地域で峻厳な一神教が発生した…なかなか興味深いテーマであります。

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