『イナゴの大群は肥沃な地より過放牧の土地を好む』とは逆説的だ
イナゴの大量発生により農作物の被害があるという報道を見る。しかし研究の結果、イナゴ自身は肥沃な土地よりも過放牧され栄養が枯渇したやせた土地を好むことがわかってきた。
イナゴの農作物への被害を抑えるためには、肥沃な土地にして豊かな生産量を誇ることが望ましいとは、皮肉な話だ。手を加えず、ほったらかしの土地こそイナゴがやってくるというのは逆説的だ。
昔、山田正紀氏の傑作『宝石泥棒』にもイナゴの大群が登場する。
そこに描かれていたのは、イナゴは大量発生したときには、個体数を抑制するために肉食の個体が誕生すること。それは移動しながら土地を食い荒らし生態系へ破壊が進むと自身の生息域を消滅させるという結果に対して個体数の抑制を図るために産まれるという。共食いをし、個体数を抑制する。
このエピソードも自分の『何か』を刺激したが、この記事も同じように『何か』を刺激する。
造物主が造りあげた生態系の不可思議。
何を持って、何を制するのか?バランスとは如何なる事か?考えさせられる。不可思議とはこの事。そうした事柄に、自分の中の何かを刺激して、感動?のような感情を芽生えさせる。
何なんだろうか?自然の力とは。バランスとは。


> Re:輪人さん
小松左京氏の話はわかります。物差しの違いなですね。
「何もせんと放っておけばええ」
その言葉で、連想するのは氏の代表作「日本沈没」ですね。政界のドン、渡老人が見出した答えが「何もせん方が良い」これまた逆説的ですが、自然の営みに一国家がどうなろうと関係ない。民族の存亡と地球の有り様は別物だというとらえ方。そして、列島と同時に消え去るのが日本民族に望ましい・・・と。
投稿: nobsan | 2012年1月29日 17時44分
「何を持って何を制するか」…先頃亡くられた小松左京さんが琵琶湖の汚染に関していった言葉「何もせんと放っておけばええ。二億年もしたら元に戻る」
人間の生命持続期間を基本に考えれば大変な変化でももっと長いスパンで考えたらたいしたことはなかったりします。
ま、いくら人類の力が進歩しても工学的な対処には限界があるということで。所詮は大自然の大きな営みにくらべたら小さい、小さい。
投稿: 世辺輪人@乗合自動車 | 2012年1月29日 09時41分