終わっちゃいましたね・・バンクーバー冬季五輪
終わりましたね。
後半は、仕事が過密になってろくに見られませんでした。
日程的には、日本は恵まれてたのかな?と。男子フィギア、モーグル、カーリング、ジャンプ、スピードスケート、ジャンプ、女子フィギアと話題が被ることなく、そして切れることなく毎日続きました。盛りだくさんを感じました。

終わりましたね。
後半は、仕事が過密になってろくに見られませんでした。
日程的には、日本は恵まれてたのかな?と。男子フィギア、モーグル、カーリング、ジャンプ、スピードスケート、ジャンプ、女子フィギアと話題が被ることなく、そして切れることなく毎日続きました。盛りだくさんを感じました。
いやーカーリングは結果が出るまで書くまいと思っていたけど、今大会では注目度が違い、報道が充実している。そんな中、まだ予選なんだけど、子のスーパーショットの連続に黙っていられなくなった(笑)
すごい!本当にすごい!!
スーパーショットじゃなくってミラクルです!!放送の解説もアナウンスもそら興奮するのがわかる。もう画面を見ながら、そこに一緒にいルような緊張感。次の一手を予想しながら、一投に集中して投げるまでは沈黙。ショット後は、彼女らと同様に、放送と同じように声を大きくして叫んでいる自分に驚く(笑い)
書こうか、書くまいか、迷ってたんだけど朝日コムの記事が転載可能になっていたので少し書くことに。
その服装が社会常識として容認できるかどうかが問題で、不快感を感じた人が多かったから非常識なのか?ただ、苦情を表明した人たちの意見だけが重要視されたのか?報道している側が正義か?常識なのか?若者達の価値観を切り捨てて、押しつけるだけが常識なのか?と言った問題は、どこかに置いていておく。
お疲れ様でしたとか言えない。出来ること、やるべきことは出来たと言うコメントが嬉しかった。なぜ嬉しかったんだろう?
大きな大会ではプレッシャーとの戦い。その中で自分が「満足」「納得」出来たことがすばらしい。
すごいなぁ~
勝つべくして勝ったという感じだ。本当の強さとはこういうものなのだろう。
100mでの金メダルがリラックスさせて力を充分に発揮させたのかもしれない。レースを見ていて独走になった時に、鳥肌が立った。強いとはこういうことを言うんだ。 予選から力を温存、準決勝では余裕をもっての1位通過だったのか?と思わせる決勝の結果。
準決勝後のインタビューでは、『世界新での金メダルを期待して良いですね』の問いに、『もちろん』と答える余裕がすごい。
レースは後半、ラスト50mで独走となり記録が伸びなかった。もう少し競り合うとタイムが伸びて世界新がでたかもしれない。
いやーすごいな。
おめでとうございます。
女子マラソンのエースとして、金メダルを期待されていた野口選手が左太もも肉離れで欠場すると発表した。
もうオリンピック一色のTV、新聞・・マスコミ。他にないのか?と思うくらいに。そんな中、伝わったニュース。
野口選手が一番つらいだろう。目前にしてのリタイアは、自分自身が一番悔しいと思う。
それを、何故だ!何があった?と追いかけるような報道はやめた方が良い。(報道ステーションさんあんたとこですよ!)
そっとして、淡々と五輪報道をした方が良い。もっと後になって、本人が語れる状況にあってから「あのときはこうだった」と、ふり返っても良いんじゃないかな?優しさを感じないなぁ~
少なくとも、自分ならそっとしておいて欲しい。
いやーすごい。
予選は三味線だったのか?と思わせるような決勝の泳ぎでしたね。
世界新記録。しかも、58秒台はたった一人の記録です。
スピードの水着を着てたのか?ミズノの水着だったのか?TV放送ではあまり話題にしてませんでした。いろいろスポンサーとのからみや、話題先行に対する反省の製ですかね。しかし、TVのこっちで見ている側には気になる部分です。デジタル放送なら、水着のロゴが見えたのでしょうか?いまだアナログのTVでは確認できませんでした。
何はともあれ、おめでとうございます。
勝ちに行って勝って帰ってくるのが本当の強さなんでしょう。
続く200mがまたまた期待してしまいます。しかし、カッコいいねぇ~
3連覇を目指す谷亮子。
残念な結果となったが、「金」が当たり前の選手だからといって「銅」では残念とは失礼か?
なんとしても「金」が欲しかったか?
期待は人一倍。本人もその気。
難しいなぁ~ 苦しいなぁ~
谷「ママで銅」 今大会日本初メダル 五輪3連覇は夢に=朝日コム(2008年8月9日19時58分)
北京五輪2日目の9日、柔道女子48キロ級で谷亮子(トヨタ自動車)は準決勝で敗れ、五輪3連覇はならなかった。3位決定戦では勝ち、銅メダルを獲得した。
今大会での日本選手のメダル第1号となった。
92年のバルセロナ、96年のアトランタと2大会続けて決勝で敗れて銀メダルだった谷は、00年のシドニーで「最高でも金、最低でも金」を掲げ、悲願の金メダルを獲得。04年のアテネでは「田村亮子で金、谷亮子でも金」と宣言して2連覇を果たした。北京では「ママでも金」を掲げて3連覇を目指していたが、届かなかった。
それでも、日本人最初のメダルは立派。健闘に拍手を送りたい。
画面を通して、相手に研究され尽くしたたトップアスリートが一発勝負の怖さを見せてくれた。それまでも、谷はオリンピックではメダルに泣かされた。悲願の金獲得は3度目の正直、今から2大会前。2大会連続金は「田村で金、谷でも金」と誓った結果。
「ママでも金」と 意気込んだ今大会は、どうだったんだろうか?オリンピックに向けて調整してきたんだろうけど、それは計算通り、予定通りに進んだんだろうか?
たとえ、全て計算通りでも人間は小さなミスを犯す。そのうしたことがメダルの色の違いだったのかな?
関連エントリ:谷亮子の金メダル をつくったのは誰か?(2004年8月15日)
最近のコメント